イラストレーターとして雑誌や広告で活躍する林青那は、2016年頃から画家として抽象画を発表しはじめました。墨の深い黒と、衝動的な線。丸や三角といったプリミティブな形。ほぼ無意識の状態で紙に向かい、ひたすらに手を動かすことで生まれるそれらの絵を、本人は「図」と呼びます。思いや意味から遠く離れ、ただそこにあるもの。メッセージ性がないことで、「見る」ことや「感じる」ことに純粋に立ち返ることができ、作品に対峙する人の意識も自ずと自由になっていきます。
作品集に収録したのは、個展『点点』(2017)や個展『BOTTLE,APPLE』(2018)、個展『CHROMONO』(2019)で発表した過去作と、作品集のために描き下ろした新作です。年代やシリーズをあえて分類せず、大胆に拡大やトリミングをしてレイアウトしています。
見どころは、富山の山田写真製版による印刷です。通常のモノクロ印刷は1版のみで行いますが、今回は3つの版を製作し、そのいずれもに黒のインクを使用する「トリプルブラック」という技法を用いました。黒に、黒と、黒のインクを重ねることで、墨に劣らない力強さが生まれています。筆のかすれや墨の濃淡も原画を忠実に再現しているので、黒の中にあるニュアンスをじっくりと楽しんでいただければ幸いです。強さの中に静けさも漂う林の作品は、見る人の心を原始の世界へと誘います。墨の黒と、そこから生まれるかたちをお楽しみください。
幸本紗奈は1990年広島生まれ、現在は、東京で活動する写真家です。
第19回写真「1_WALL」のファイナリストに選ばれるなど、これからの活躍が期待される若手写真家のひとりでもあります。
幸本の写真の特徴は、その制作過程にあります。気になる対象や感覚に対して反射的にシャッターを切って、多様なイメージを撮影した後、暗室でじっくりとネガフィルムを見直し、その時点で再び心惹かれるイメージだけを、時間をかけてプリントします。サイズ、色、濃度を決めて印画紙に焼き付け、それを薬液に通して定着させる。この工程を試行錯誤しながら、ひたすら繰り返すことで、撮影した物事やその時に感じた感覚と深く向き合っていくのです。数年前のネガを掘り起こしてイメージを拾い上げることもあれば、数ヶ月前に仕上げたプリントを、色とサイズを変えて再び、焼き直すこともあります。前進と後退を繰り返しているかのようなこの作業を、本人は「ゆっくりとしか物事を考えられないので」としつつも、「時間の流れを俯瞰するため」にしているのだと話します。
そうした過程から生まれる幸本の写真には、美しさの“予感”が漂っています。現代の社会が求める「明快なコンセプト」や「印象に残るイメージ」とは逆の、ぼんやりと、曖昧で、価値づけしづらい美しさです。ゆえに、観る者の視点は自由になり、一枚の写真のあらゆる場所に、自分にとっての美しさを見出せるのではないでしょうか。表紙にあるピントのはっきりとしない部屋の写真は、幸本の作品のそうした特性を分かりやすく伝える一枚でもあります。
写真集のデザインを手がけたのは、アートユニットguse arsとしても活動する村橋貴博です。浮遊感のあるデザインで、幸本の写真世界をさらに心地よく鑑賞できるようにしました。フィルム写真の豊かな階調は、八紘美術による高精度の印刷で再現しました。写真プリントの見応えに近づくよう、発色に優れた微塗工紙にグロスニスをたっぷりと引き、暗部にも微妙な色のグラデーションを感じられるよう仕上げています。
幸本が暗室でイメージを反芻するのと同じように、繰り返しページを捲り、自らの内面に深く潜っていけるような写真集を目指しました。
1982年生まれの画家・今井麗は、今最も注目を集める若手作家のひとりです。油絵を唯一の表現方法とし、トーストや果物といった食べ物シリーズでは、明快で、軽やかな世界を。不思議なオブジェたちが並ぶ《ギャザリング》シリーズでは、非日常の怪しさやオブジェの組み合わせが生むユニークな間を描いてきました。初となる作品集では、600点以上に及ぶ過去作の中から作家自身が30点余りを選定。さらに作品集のための新作を加え、代表作のトーストシリーズから、今年に入って重点的に描き始めたステンレスシリーズまでを収録する充実の内容となりました。
デザインを手がけたのは、アートユニットguse arsとしても活動する村橋貴博。村橋のコラージュ作品に漂うクラシカルなイメージと、今井が憧れる西洋絵画の世界に共通点を感じ、この度の装丁を依頼しました。濃いグレーのクロスに、黄色の箔でくっきりとタイトルを印字し、シンプルなデザインの中に、今井麗らしい、明るさ、はつらつさを表現しています。印刷は富山にある山田写真製版で行い、高彩度のカレイドインクによって透明感のある発色に仕上がりました。
イラストレーター安西水丸さんのアトリエから、
かつて個展のために制作されたシルクスクリーンの作品が見つかりました。
描かれた時期は1987年〜1991年。安西さんが45歳〜49歳頃のものです。
緊張感のある構図、引っ掻くような細い線、透明感のある色。
この一連の作品には、どこか静謐で、洗練された印象を受けます。
本書はこれら30点のシルクスクリーンをまとめた作品集です。
一部は安西さんと親交の深かったギャラリー〈スペースユイ〉に保管されていました。
収録作品の9割が初めての書籍化となります。
デザインは雑誌『POPEYE』のアートディレクターを務める前田晃伸が手がけました。
印刷に高彩度インキを使用し、シルクスクリーン独特の鮮やかな発色に近づけています。
テキストは作品タイトルとプロフィールのみ。
静かに絵と向き合うための一冊です。
裏表紙には作品から抜き出した安西さんのサインを箔押ししました。
Baci/バーチは2016年より東京を拠点に活動を開始したブックレーベルです。